2017.05.22

前略

お元気ですか?
2015年秋にスタートした「旅するソングライター」と題した音楽の旅が、先月末、福岡にて終了しました。
各地、各会場にお越し下さった全ての観客の皆様に心から感謝いたします。
この音楽の旅を支えて下さったツアークルー、ミュージシャン、各イベンター、レーベル、メディア、ジャーナリスト、
ステージ制作スタッフ、J.S.Foundation、マネージメントオフィスの皆様に心から感謝いたします。
延期されたために、福岡公演に来場することが出来なかった皆様方には心から深くお詫び申し上げます。
音楽の旅、人生の旅は続きます、再会の時を楽しみにしています。
お元気で。

草々
浜田省吾

2017.05.08

昨年9月17日 長野・ビッグハットからスタートしたON THE ROAD 2016 “Journey of a Songwriter” since 1976ツアーは4月27日の振替公演、マリンメッセ福岡で全ツアーを終了しました。
一つ一つの会場に思い出があります。After Showやツアーブログを読み返すといろんな事が蘇ってきます。
ツアー初日の長野ビッグハット。リハーサル、舞台仮組み、照明作り、テクリハ、ゲネプロと・・・何ヶ月も掛けて準備を行ってきているとは言え初日しか味わえない緊張感がありました。
延期を覚悟した札幌・北海きたえーる。リハーサル終了後メインスピーカーから音が出なくなるトラブルで1時間30分押しで開場し、1時間遅れの開演となりました。後5分、10分対応が遅れていたらステージに上がる覚悟をした1日でした。
宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ、神戸・ワールド記念ホール、大阪城ホール、さいたまスーパーアリーナ。
延期したマリンメッセ福岡。浜田本人の体調不良により羽田空港に向かう車の中(実際には空港の駐車場)での延期の決断でした。その段階ではステージはほぼ出来上がっていたのを一時中断し、スタッフ全員に伝え、夕方5時位から撤収作業に入りました。福岡の皆様には本当にご迷惑をお掛けしました。
横浜アリーナ、名古屋・日本ガイシホール、さいたまスーパーアリーナ、チャリティーコンサートと本来ツアーファイナルの予定だった広島グリーンアリーナ。
年が明け、4ヶ月振りにツアー再開。追加で行った日本ガイシホールでのチャリティーコンサート、福岡の振替公演、そして涙したツアーファイナル。
全10都市、25公演。それぞれの会場に公演に思い出があります。
無事に終えることができたことを安堵するとともに200名近いツアースタッフ、浜田さんと11名のメンバーに感謝します。
そして何よりも会場に足を運んでくださった250,000人のお客様とこのツアーサイトを盛り上げていただいた田家秀樹氏に心より感謝します。
 
ツアーサイトの公開は【5月31日(水)】までとなります。After Showもそれまでは投稿できますので、ぜひメッセージをお待ちしています。
 
最後に…ON THE ROADは続きます。またお会いすることを楽しみにしています。
札幌で感じたこの言葉で締めくくりたいと思います。
“SHOW MUST GO ON ! !”
有難うございました。
プロデューサー 岩熊信彦

2017.04.28

昨年9月17日の長野からスタートしたON THE ROAD 2016アリーナツアーが、4/26、27マリンメッセ福岡公演をもって終了しました!
チャリティー公演(広島、名古屋)も含めると全10都市25公演。
終わってみるとあっという間に感じますが、振り返ると色々な思い出があり感慨深いです。

ラストリハーサル直後のメンバーの集合写真!


この時の町支さん、撮影してくださった内藤カメラマンにしきりに可愛い可愛いと言われていて微笑ましかったです(笑)

そして、ツアーでお世話になったスタッフさん達をごくごく一部ですがご紹介したいと思います!

舞台監督チーフ・岩浅さん


舞台監督&浜田さん楽屋担当・平川さん

(マリンメッセの楽屋前にある出演者一覧に浜田さんの名前を発見したので記念にパチリ)

ツアーマネージャー(楽屋担当)・大畑さん


PAチームの皆さん


カメラ・映像チームの皆さん


照明チームの皆さん


このほかにも、今ツアーに200名近いスタッフさんが携わってくださいました。
ご紹介しきれないのが残念ですが…陰ながら支えてくださりありがとうございました。

そして何より、ご来場くださった方々や、After Showなどへの書き込みで応援メッセージをくださった方々、本当にありがとうございました!
またお会いできる日までお元気で!!
FCスタッフ

2017.04.28

延期公演二日目、ツアー最終日、終わりました。
すごかったです。やばいです。
コンサートを見ながら涙は流れなかったんですけど、今、書こうとしている横にプロデューサーのミキハルさんが来て、清々しい笑顔で「お疲れさまでした」と握手を求められたら、涙が出てきてしまいました。
今朝から今日のことで頭が一杯で、9月からのことを振り返ったりしなかったんですけど、やっぱり色んなことがあったんだなあ、と思いました。何があったのか、出来事を一つ一つ思い出すというより、感情としてこみ上げてきた。感情として、です。堰を切ったようになってしまいました。色んなことがあったんだなあ、という実感でしょうか。そう、出来事じゃないのかもしれません。札幌でPAの音が出なくなったとか、福岡が延期になったとか、そういうこともあるわけですけど、それだけじゃない。長野の前に、二度とないツアーになると思う、と書きました。それは、体力的なこととかも含めて、もうこういうツアーはないかもしれない、という予感もあったからなんですね。浜田さんだけじゃなくて、今回のチーム全体に、今までと違うハードルを超えよう、という暗黙の覚悟のようなものがある気がしたんですね。そしてやりながら今まで経験したことのない壁も感じていた。それを果たせた。乗り越えた。やり切った。僕も、それを一緒に体験出来た。現場にいることが出来た。目撃させてもらった。そういうことも踏まえての「色んなこと」がこみ上げてきたんだと思います。
今は大丈夫ですよ。若干手が震え気味ですけど、涙は出てません。プロダクションルームというところにいますし、次々と色んなゲストも来てますし、こんなところで感傷的にはなれません。
廊下を挟んだところに浜田さんの楽屋があるんですが、さっき、古くからの知人の方と笑顔で挨拶して「とりあえずシャワー浴びてきます」と消えました。
いきなり総括的な話になってしまいました。
少し落ち着こうと思います。

フィナーレならではのコンサートでした。
昨日は、思い残すことがないなんていうことはない、などへそ曲がりなことを書いてしまいました。でも、そういう感じでした。思い残すことはない、やり残したことはない。喉が終わってしまってもいい。全てを出し切ったというコンサート。でも、完全燃焼というような肉体的なものじゃない気がしました。もっと精神的。スピリチュアル。肉体と精神が一体になっている。肉体をコントロールする精神がある。こういうのを入魂というんでしょう。でも、人を寄せ付けないとか、近寄りがたいわけじゃない。その逆。彼の方から近寄ろう近寄ろうとしていた。気持ちの近さという意味でも今日は特別だったかもしれません。
お客さん、一杯入ってましたねえ。
サイドの見切り席、袖の席までも埋まっていたんじゃないでしょうか。僕はスタンド正面で見ていたんですが、左右の隅々にまで人が入ってました。この会場は、視界が広いんで、一番奥の方までよく見えてました。表情までは分かりませんけど、自然とわき上がる拍手や一緒に歌っている空気、アンコールの時もそうでした。予定外のアンコールもありましたからね。「今や、みんなの歌、一緒に歌える?」という呼びかけで始まった「家路」のとびきりの大合唱の後のアンコールに応えて、再び姿を見せて生ギターで「サイドシートの影」を歌ってからミラーボールの下での「ラストダンス」。フィナーレだなあと思わせてくれました。ミラーボール、良かったですよねえ。画面に浜田さんの表情がアップになって、イヤモニを外して客席の歓声を聞いて嬉しそうな表情も見えてました。
と書いていてどこかもどかしい。
なかなか一番書きたい感情に届かない。
今、バラシをやっている最中のPA松本さんが現れて「良かったでしょう、今日」と握手を求めてきました。「トランポの佐藤は涙が涸れたって」と笑ってました。彼も「J.BOY」ツアーから参加してますからねえ。みんな「色んなこと」が押し寄せてきたんだと思います。さっきまでこの部屋に「ロード&スカイ」の高橋社長がいたんですが、彼は岩熊さんに「「片想い」で九電記念体育館を思い出してしまった」と言ってました。九電記念体育館、79年7月22日だそうです。まだツアーが組めるようになる前です。そういう思い出すことの多さはスタッフもファンも一緒じゃないでしょうか。40年ですからねえ。
曲名を書けますね。一曲一曲書く余裕はないですが「路地裏の少年」のことは触れておきます。自分のこととして、ですが。長野で泣きました。40年前のデビューコンサートのことを思い出したりもしました。自分のその頃のこともね。長髪で、いつまでこういう仕事をするとかの意識は毛頭なくて、今目の前にあることで好きなこと、許せることだけやろうと思っていた頃のこと。長野で聴いた「路地裏の少年」は、そんな曲でした。
あれから40年、なんですね。

何だか収拾が付かなくなってきてます。
収拾なんかつくわけがない、というツアーでもあるのかもしれません。それぞれの時間がこれだけ重なったツアーが、そんなに見事に整理出来るわけがない。このツアーを忘れない。このツアーを刻みこんでおく。9月からの日々がどういうものだったのか、もう少し時間が経って、改めて思い出すことでもあるのかもしれません。時間が経てば経つほど、かけがえのない記憶になってゆく。そんなツアーなんだろうと思います。今という時間の大切さが、年々増してゆくように、です。
曲のこと、これは書いておきますね。
リハーサルで浜田さんがメンバーに説明していたこと。「AMERICA」についてでした。
実は、名古屋と福岡ではラインナップから外そうと思っていた、と。なぜかは簡単でしょう。この四ヶ月の間にアメリカも世界も変わった。あの歌を書いたのは84年で、今のようになる前だった。あの歌はアメリカへの幻滅を歌ったもので、「浜田はアメリカ好きなんだと思われるような歌じゃない」というようなことを戦後の世界の構造と一緒に説明してました。でも「歌に罪はない」んでやります、とも言ってました。音楽と世界。フィナーレが単なるお祭りの夜にならなかったのは、「マグノリアの小径」の前の世界の”格差”についての話があったりしたからでもあります。昨日の”宣言”の続きは「ロックンローラーに戻る」でした。こんなに知的なロックンローラーがいるでしょうか。最後の言葉は「次に逢う時はどんなあなたになっているんでしょう。次に逢うときは、どんな私になっているでしょう。でも、元気で。身体に気を付けて。必ず再会しましょう」でした。

今、4月28日、午前0時。日付が変わりました。
長野から始まって、日付が変わったのは初めてです。
何だかずっとこうして書いていたい気分でもあります。楽しい体験でした。今日、「J.BOY」を聴きながら、怒りも悲しみも空しさも、それを受け止める力も吹き飛ばすエネルギーも突き抜ける意志も、ここにあるなあと思ってました。そういう合唱でした。最初から最後までそうでした。
コンサート会場が一番好きです。
良い年をして、ここに来ると、自分が一人じゃないと思える。きっと客席のみなさんもそうだったんじゃないでしょうか。どんな悲しいことがあっても、音楽がそこにある。どんなに辛い目にあっても音楽は裏切らない。浜田さんのツアーは、そういう積み重ねの場だと思います。
出来る事はやった気がしてます。
そういう意味では思い残すことはありません。
でも、縛りが色々ありました。
曲名も演出もMCも、全部入れて書ける日が来ることを願ってます。

今、午前0時45分。もうステージは影も形もありません。フロアーには11トントラックが5、6台入って作業してます。形あるものは消えてゆきます。でも、それぞれの心の中でステージは生き続けます。メンバーは演奏し続けます。あなたと浜田さんの歌声も鳴り続けます。
ありがとうございました。
田家秀樹

2017.04.27

二日目、最終日、リハーサルが終わりました。
リハの最中は、そういう風は感じなかったんですけど、ここを書きながら、もうリハはないのか、という気持ちになってます。これが最後のリハーサルだったんだな、と今になって感じてます。本番もそうなるんでしょうか。
最後のリハーサルは、浜田さんのこんな挨拶で始まりました。

「確か、アルバムのレコーデイングが始まったのは2014年の冬だったと思います。あれからこんなに長くこのアルバムをやるとは思ってませんでしたけど。色々ありましたって、終わったみたいに言ってますが」
「今日は、一緒にレコードを作った水谷公生さんもカバーを作って下さった田島照久さんも来てくれてます。良い演奏を、とか言わなくても分かってるでしょうが。ミュージシャンの皆様、スタッフの皆様、よろしくお願いします」

これは当然かもしれませんが、最後のリハーサルという感傷は全くありませんでした。あったとしたら、メンバー同士でお互いの写真を撮りあったりというシーンでしょうか。浜田さんが町支さんと肩を組んで、その様子を美久月さんがシャッターを押したり、撮影に来ていた内藤さんのことをメンバーが撮ったり、最後にメンバー全員で記念写真を撮ったり。そういう名残惜しさは各所に見受けられました。
でも、雰囲気は和気藹々でしたよ。最後だから楽しいリハーサルにしようと思ったのかもしれませんね。曲に入る前に浜田さんがラジオのDJ風に曲紹介したり、歌詞の一節を取り上げてメンバーに質問したり。その都度笑いが起こるというやりとりは、ちょっぴり解放感も感じさせました。それでいて、今回のツアーでなぜこの曲を入れているのか、という意図をメンバーに語ったり。その話は終演後に紹介しますね。今日は、曲名を入れてブログが書ける日でもあります。
このツアーならではの予定時間よりも早いリハーサル。後は本番を待つだけです。
楽屋はさっきと空気が一変してます。
地方のイベンターの方達も続々集まってます。メンバー楽屋から廊下まで聞こえてくる話のテンションも一段と高くなってます。名前の出ていた水谷公生さん、ツアー前の撮影中に重傷を負ってしまって初日の長野公演は病院の中だった田島照久さんも無事復活して今日はカメラを持って参加してます。彼は、ようやく松葉杖なしで歩けるようになったようです。
ツアーのファイナル、そして、アルバム「Journey of a Songwriter」を携えた最後のライブ。2014年から歌っているあの曲もこの曲も、40年前のあんな曲も、休憩時間も含めたあの映像も、どれも今日が最後です。感傷的になるな、という方が無理かもしれませんね。でも、それを感じさせないライブになるんだろうと思います。
2017年4月27日、「ON THE ROAD 2016”Journey of a Songwriter”since1976」ファイナル---。
今、開場しました。
  会場にいらっしゃる方も、そうでない方も、最後の夜がまもなく始まります。

田家秀樹